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山口地方裁判所 昭和50年(ワ)129号 判決

原告 日動開発株式会社

被告 山口県

代理人 有吉一郎 森盈利 清水龍三 浜田孝 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  請求原因1のうち、原告が株式会社であること、原告が本件山林を買受けることとしたこと、原告の事業計画に(三)の(1)、(2)記載の計画があつたことは、当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、原告は不動産の売買・仲介等を業とする株式会社であるが、昭和四八年のいわゆる石油シヨツクを契機とする深刻な不況の進展による土地購買力の低下、昭和四九年の国土利用計画法の施行等の影響による経営悪化の打開策として、山林有姿分譲を企図し、定款変更により植林及び立木の売買を事業目的に加え、育林及び造植林を目的とする山林を一般希望者に対し平均一〇〇〇平方メートルあて有姿分譲し、分譲後は伐期に至るまで地区の森林組合に管理を委託する旨の事業計画をたて、その一環として本件山林を買受けることとしたことが認められ、これに反する証拠はない。

二  請求原因2のうち、原告が訴外滝口博隆との間の本件山林売買について、昭和五〇年三月二七日付で知事あてに法二三条一項に基づく届出を行ない、請求原因1の(三)の(1)(2)に記載の事業計画の概要を説明したこと、知事が原告の前記届出に対し、同年四月三〇日付土地対策第四七号をもつて、「法二四条一項の規定に基づく勧告に該当する事項はないと認められる」旨の通知を行なつたこと、原告が右同日付の本件山林の分譲に係る事前審査願を提出したこと、原告と訴外岡本照子外一六名との間の土地売買の届出に対し、同年六月二四日付土地対策第一〇五号でもつて知事が本件勧告をなし、同年七月三一日を期限とする報告書の提出を求めたこと、本件勧告が請求原因2の(三)に記載の内容であること、同年七月二九日付で原告から知事あてに勧告に対する報告があつたこと、知事が右報告を受けて同年八月二九日付山口県報号外六八号に同日付の山口県告示第七三八号の告示を掲載し法二六条の公表を行ない、更に被告の企画部長平尾富士雄らが記者発表を行なつたこと、右の結果、各紙は、「不当価格で山林分譲」「山林を三倍で転がす」「その売買はあくどい」等といつた見出しで報道したことは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実、<証拠略>を総合すれば次の事実が認められ、<証拠略>中これに反する部分は措信できず、他にこれを左右するに足る証拠はない。

1  原告は、訴外滝口博隆との間の本件山林売買につき、昭和五〇年三月二九日法二三条一項による届出を徳山市長を経由して知事宛に提出し、知事は、同年四月二日同市長からその送付を受けた。

右受付後、担当の被告土地対策課において土地の利用目的並びに土地及び立木価額の審査のため同年四月一一日現地調査を行なうと共に、原告担当社員成瀬俊雄に届出にかかる売買の概要、取得後の山林分譲計画等の説明を求め、分譲計画に関しては一区画一〇〇〇平方メートル以内として分譲販売し、分譲後の育林管理は地区の森林組合に委託し、管理手数料を徴収するといつた説明を得たが、分譲予定価格については説明が得られなかつた。

なお原告は、一旦右届出書を提出した後届出書の差しかえをなし、届出にかかる本件山林の面積を公簿上面積から実測面積に、土地に対する予定対価の額を二八九万円(一平方メートルあたり五五円六七銭)、森林の予定対価の額を一三一一万円にそれぞれ改めた。

2  知事は、右差しかえ後の届出につき審査の結果、届出にかかる売買価格については著しく適正を欠くものではなく、分譲により土地が細分されることに関し、育林管理上の問題は残るものの法二四条一項各号の勧告基準には該当しないものと判断し、昭和五〇年四月三〇日付土地対策第四七号で、「法二四条一項の規定に基づく勧告に該当する事項はないと認められる」旨の通知を原告になした。

3  右通知を得て、原告は、右同日付で本件山林を六一区画に分割して有姿分譲するにつき、法二三条一項の届出に先立つて、別途に事前審査願を徳山市長を経由して知事に提出し、同市長は右につき、土地の価格一平方メートルあたり五五円六七銭については妥当性を欠く程度には至らないが、立木についてはかなり高いと思われる等の意見を付し、昭和五〇年五月一六日知事に送付し、右同日被告土地対策課においてこれを受付けた。なお、右事前審査額によれば、本件山林を六一区画に分割したうえ、右六一区画の分譲予定価額が四四二〇万円となつており、前述の滝口博隆を譲渡人とし原告を譲受人とする届出書に記載の予定価額一六〇〇万円からみれば、右分譲予定価額が実に約二・八倍にも近い額となつていた。

4  ところが、原告と訴外岡本照子外一六名は、右事前審査願に対する知事の教示、指導を待つことなく、別表(一)の内容を記載した本件山林の有姿分譲に係る法二三条一項の届出書を別表二のとおり徳山市長を経由して提出し、知事は同市長からその送付を受けた。右届出書の送付を受けた知事としては、法二四条二項により届出後六週間以内に措置する必要があること、及び既に届出がなされた以上事前の指導を行なう意味もないことから、前記事前審査額はさておき、直ちに右各届出に対する審査を行なうこととし、土地対策課においてこれに着手した。

5  知事は、法二四条一項一号の「近傍類地の取引価格等を考慮して政令で定めるところにより算定した土地に関する権利の相当な価額」(以下「基準価格」という)に比し著しく適正を欠かない価額の範囲を、山林については右基準価格の一・五倍を超えない範囲とし、届出に係る土地の予定対価の額については、土地とうわ物としての立木が一体として取引される場合であり、かつ届出に係る立木の予定対価が土地の予定対価に比し極めて高額であることから、まず立木を適正に評価したうえ、土地と立木の予定対価の総額から右立木評価額を控除した額を土地の予定対価の額とみることとして、担当の土地対策課のみならず林政課の林業専問技術員の応援を得て、昭和五〇年六月五日と同月二二日の二回にわたり、立木評価に必要な各区画ごとの樹種、樹令、材積量等を現地調査し、三五年生の杉に関しては市場価逆算法により、その余の立木(一一年以上三五年未満)に関しては、山口県の平均水準に劣る点は認められたものの、右平均程度に回復することを前提とし、被告の林政課において試算した林木資産評価である技術普及情報に依拠しつつ、林木期望価法により、届出にかかる各区画ごとに立木の適正価額を算定し、なお右算定額の一・五倍までは適正として許容し得るものとし、右算定額の一・五倍を届出に係る土地と立木の予定対価の総額から控除した額を土地の予定対価の額とし、一方、前記基準価格については、法施行令七条一項二号に従い一平方メートルあたり六〇円と算定した。その結果、右算定された各区画ごとの土地の予定対価と基準価格を比較したところ、届出の一九区画全部につき土地の予定対価の額は基準価格の一・五倍を超え、届出に係る予定対価の総額が土地と立木の許容適正額合計額程度まで至るには、右予定対価の総額を別表(三)の「勧告の限度額」欄のとおりまで減額しなければならないことが判明した。

そこで、知事は法二四条一項に基づき、昭和五〇年六月一六日山口県土地利用審査会に諮問し、その勧告すべきである旨の答申を得て、同月二四日付土地対策第一〇五号で原告及び訴外岡本照子外一六名に対し、「届出に係る土地の価格については、当該土地がうわ物である立木と一体として取引されるものであるため、まず立木の評価を行ない、土地と立木の予定対価を合算した額からその立木評価額を差し引いた額と、土地の予定対価の額を比較した結果、かなりの開差が見受けられ、土地の予定対価が立木の予定対価に大幅に転嫁されていると判定した。従つて、届出に係る土地の予定対価の額が法二四条一項一号に該当し、著しく適正を欠くと認められるので、当該届出に係る土地の予定対価の額と立木の予定対価の額を合算した額を、別表(三)の「勧告限度額」欄の割合に相当する額の範囲内に減額して契約されたい」旨勧告し、右勧告に基づき講じた措置の報告を同年七月三一日までに行なうよう求めた。

なお、本件勧告に至るまでの間に、知事は、原告に対し届出に係る予定対価の額の算定根拠の説明及び資料の提出を求めたが、原告はこれをなさなかつた。

6  本件勧告に対する原告及び岡本照子外一六名の知事への報告の有無、報告の要旨は別表(三)のとおりであり、本件勧告に従つたのはわずか三名であつた。

そこで知事は、本件勧告に従わない原告及び別表(三)の末尾欄に×印を付した買受人につき、法二六条に基づき勧告の内容を公表することとし、同年八月二九日付山口県告示第七三八号で本件勧告の内容を県報で公表すると共に、同日被告の平尾富士雄企画部長らにおいて本件勧告に至る経緯、本件勧告の内容につき記者発表を行なつた。

右の結果、各新聞は本件勧告の内容等につき一斉に報道するに至つたが、新聞中には、「その売買はあくどい」「山林を三倍で転がす」といつた見出しをつけたものや、平尾富士雄企画部長の談話として「やり方があまりにあくどいので公表した。悪質業者の締め出しに世論の高まりを期待している」旨、土地対策課の言として「一か月後に三倍で転がすとは悪質」と掲載したものもあつた。

三  前記認定事実を踏まえ、原告主張の本件勧告と公表の違法性につき検討してゆく。

1  請求原因3の(一)の主張について

原告は、原告と訴外岡本照子外一六名の本件山林の分譲に係る土地の予定対価は、原告の購入価格と同じ一平方メートルあたり五五円六七銭であるから、法二四条一項一号に該当しない旨主張するところ、なるほど、<証拠略>によれば、原告と訴外岡本照子外一六名を当事者とする土地売買の届出書には、右に沿う記載がなされていることが認められる。

しかしながら、法が土地取引について価額面から規制を加えていることから、土地取引価額の偽装の手段として土地に地上物件を付加せしめ、地上物件価額に土地価額の一部を化体させて、法規制から逃れようとする脱法行為も当然に予想されるところであるから、知事が法二四条一項一号の勧告基準に該当するか否かを審査するに際して、地上物件価額の審査ができないと解するのは誤りであつて、例えば、土地とそのうわ物である立木が一体的に取引される場合には、その届出にかかる土地及び立木の予定対価の額にとらわれることなく、まず立木の評価を適正になし、右評価額を届出に係る土地と立木の予定対価の合計額から差し引いた額をもつて土地の予定対価とみるのが、法の趣旨にかなつた正しい解釈というべきであろう。このことは、法施行規則二〇条の規定に基づく別記様式第三に定める届出書に、「予定対価の額等に関する事項」の内訳として、「土地に関する予定対価の額等」に合わせて、「工作物等に関する予定対価の額等」を記載することとされ、土地に関する価額のみならず、地上の工作物等に関する価額も必ず書くように義務づけられていることからも、裏付けられよう。

又、原告は、知事が立木評価を不当に低額としたとも主張するが、この点を認めるに足る証拠は存しない。かえつて、前記認定の知事が採用した立木の評価法である市場価逆算法、林木期望価法は<証拠略>に照らし、確立された適正な評価方法と認められる。右によれば、前記二の5で認定のとおり、右評価法に従つて立木の評価額を算定のうえ、その一・五倍を許容額として、届出に係る土地と立木の予定対価の合計額から控除した額を土地の予定対価とみて、これが基準価格と比較し、その一・五倍を超え著しく適正を欠くと判断した知事ないし被告の担当職員の所為は適法であるというべく、原告主張のような違法のないことは明らかである。

なお、前記二の3及び4の認定によれば、原告は、訴外滝口博隆から一六〇〇万円で仕入れた本件山林を、六一区画に分割することを以て、合計四四二〇万円で分譲しようと計画していたのであるから、このことからも、訴外岡本照子ほか一六名に対する分譲価額は、著しく適正を欠く高価額であつたことが推測されよう。

2  同3の(二)の主張について

原告の主張は、要するに、本件勧告は法二四条一項の「当該土地を含む周辺の地域の適正かつ合理的な土地利用を図るために著しい支障がある」との要件を備えていない違法があるというのであるが、同項各号に規定する事由の一に該当する場合には、特段の事情のない限り右要件の存在が推認できるし、本件につき法二四条一項一号該当の事由が存することは前記のとおりであり、前記推認を破る特段の事情も認められない。原告の右主張は理由がない。

3  同3の(三)の主張について

原告の主張は、要するに、知事は原告と訴外滝口博隆との本件山林売買に係る法二三条一項の届出書の審査の過程において、即ち昭和五〇年四月三〇日以前に、既に本件山林の分譲予定価額を知つていたのであるから、その時点で右分譲予定価額につき何らかの行政指導なり勧告ができたのにかかわらず、これをしないで放置し、原告が本件山林の分譲を開始した後に至つて本件勧告をなしたのは違法であると言うのであるが、昭和五〇年四月三〇日以前に知事が本件山林の分譲予定価額を知つていたとの点については、証人成瀬俊雄の証言中には右に沿う部分があるものの、右証言自体あいまいな点が多いばかりか、これを否定する証人沖野守の証言及び前記二の1の認定に照らし措信できず、他にこれを認める証拠はなく、右主張は結局その前提を欠き失当である。のみならず、本件山林の分譲予定価格については、右分譲に係る法二三条一項の届出に際し審査されるべき事柄であつて、原告と滝口との本件山林売買に係る届出に際し審査されるべき事項でないことは法二四条一項に照らし明らかであり、従つて、知事が原告と滝口との届出の審査の時点で分譲に係る届出もないのに、これが法二四条一項一号に該当するとして同条の勧告ができないことはもとよりであるし、知事に右につき行政指導の義務もないと言うべきである。

4  同3の(四)の主張について

前記二の4及び5で認定のとおり、原告と訴外岡本照子外一六名を当事者とする土地売買の届出については、いずれも徳山市長が昭和五〇年五月一九日以降に受理しており、知事は、届出があつた日から起算して六週間以内である同年六月二四日に本件勧告をなしているのであるから、本件勧告が法二四条二項に違反するものではない。この点について、原告は、別表(二)の番号一ないし四の譲受人四名の分について、知事がことさらに届出日と受理日をずらし、全ての受理日を昭和五〇年五月一九日以降として右期間を計算したと批難するが、<証拠略>によれば、別表(二)の番号一ないし四の譲受人に係る届出書は昭和五〇年五月六日徳山市長に提出されたこと、ところが、右届出書には、法施行規則五条二項二号ないし四号に規定する「土地の位置を明らかにした縮尺五万分の一以上の地形図」、「土地及びその付近の状況を明らかにした縮尺五千分の一以上の図面」及び「土地の形状を明らかにした図面」が添付されていなかつたこと、そこで、徳山市長は原告に対して補正を命じ、右添付書類の提出を待つて、同月一九日正式に受理したこと、以上の事実が認められるのであり、右事実によれば、原告の前記批難は当たらないものというべきである。

5  同3の(五)の主張について

知事が本件勧告をなすに際し、異議申立手続の教示を行なわなかつたことは当事者間に争いがない。けれども、法二四条一項の勧告は、これが尊重されることを前提としていることはいうまでもないが、届出当事者を法律上拘束する意味を有するものではない一種の行政指導であつて、直接的には何らの法的義務を伴なうものではないから、行政不服審査法五七条一項の教示を行なうべき対象たる処分に該当しないと解すべきである。原告の主張は、法二四条の勧告の趣旨を誤解した独自の見解であつて、採用できないものである。

6  同3の(六)の主張について

まず、原告の主張のうち、本件勧告が違法であるから、それに従わなかつたとしてなされた本件公表は違法であるとの点については、前記のとおり本件勧告が違法であるとの原告主張はすべて認めることができないから、理由がない。

次に、公表に際し県報に公表したのみならず新聞記者に発表したことが違法であるとの点については、法二六条は公表の手段・方法については特別の定めをしておらず、公表が社会一般の批判を通じて勧告の実効を確保しようとするものであることからして、新聞・テレビ・ラジオ等のマスコミを通じて、勧告内容を積極的に国民に周知させる措置を講じることも許されるものというべく、被告企画部長の平尾富士雄等によつて本件勧告の内容が記者発表されたからといつて、何ら違法なものではないというべきである。

更に本件の記者発表が原告への加害の意図をもつてなされ、原告を平尾企画部長らが中傷批難したとの点に関しては、なるほど前記二の6で認定のような新聞記事の存在は認められるものの、<証拠略>によれば、土地対策課が新聞記者に配布した資料には前記記事のような言辞の記載はないし、防長新聞、毎日新聞及びサンケイ新聞の記事中にも前記記事のような言辞がみられないこと、<証拠略>によれば、記者発表にのぞんだ平尾企画部長ら三名は事前に用語が中傷等にわたらぬよう慎重に打合せ、かつ発表の席上では右三名に前記記事のような言辞その他原告を中傷するような言辞のなかつたことが認められることに照らし、前記記事の存在から直ちに右記事どおりの発言が平尾企画部長らにあつたと推認することはできず、他に右原告の主張を認めるに足る証拠はない。もつとも、仮に前記記事のような発言があつたと仮定しても、右の程度は一般的に許容される範囲内であつて、加害目的をもつて違法に原告を中傷批難したとまでは認められない。本件公表の方法及び内容の違法に関する原告の主張も理由がない。

右のとおり、本件勧告と公表が違法であるとの原告の主張はいずれも理由がなく、かえつて前記認定を総合すれば、本件勧告は法に従い適法に行なわれたことが認められる。

四  よつて、原告の本訴請求はその余について判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西岡宜兄 紙浦健二 上田昭典)

別表(一)、(二)、(三) <略>

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